- 雪の妖精 -


ひとつひとつ、千切っていく。ひとつひとつ、落としていく。
無心に。あるいは熱心に。
季節はずれのタンポポの、か細くか弱い花びらを、根元から一枚ずつ丁寧にむしっていく。
両の瞳は何処までも冷たきに徹して、しなびた黄色が痩せていく様を映している。
ひらり      ひらり             ひら
    ひらり          ひらひら      り。
あまりにも無垢な、
あまりにも無惨な、
あまりにも健気な、
あまりにも酷薄な。
幾重に重ねて、神聖な。
黒く分厚いコンクリートに屈み込んで、ひたすらタンポポをむしっては散らせる幼い姿の行為は、不思議と厳かですらあった。
何をしているのか訊ねた。
作っているのだと答えた。
何を作っているのか訊ねた。
何も作っていないと答えた。
近所のスーパーからの帰り道。一段と寒い午後。できれば戸外に長居はしたくなかったが、何故か目が離せなかった。
傍らで立ち尽くし、見下ろしていると、やがてタンポポは丸裸になった。どういう理由か綿毛をつけることの無かったタンポポは、次に茎をちぎられていった。
ぶち ぶちり  ぶち   ぶち    ぶちん     ぶつ。
最後に残った、それ。
気付けば、散らされていた花びらも茎も、無作為ではなく、きちんと一箇所が盛り上がるように考えてコンクリートに落とされていた。弱り切った黄色と緑の丘の頂上に、それは墓石のように飾られた。
何故かを訊ねた。
幼い姿は答えた。

「雪が死ぬから」

これから降る雪が、頼りなく地面を隠す。そして、時が経つにつれ形を失い、涙を名残に消えていく。その手向けだというようなことを、幼い姿は言った。
まだ降ってもいない雪は弔うのに、今千切られたタンポポは弔わないのか。
そう問えば、春は雪を喰らうのだと、幼い姿はまた答えた。

漸く見つけた安住の地を、
蝕まれ、食い尽くされる、
その――想いは。

だから雪を慰めたのだと、幼い姿はそう言うと、立ち上がり、駆けて行った。


その足音は、ただただ静けさに溢れていて。


雪を求めて泣き濡れる、紅の囁きにも似ていた。




2005.12/18(加筆修正:2006.03/03)