真昼の森の奥 静か 泉の底 娘はまだ眠る 水音を待ち続ける その胸に掻き抱く ふた振りの斧と どこから零れくる もうひと振りを待つ どこからか風運ぶ 古くの言い伝えの欠片は 娘を静謐に縛り付ける ふたつの問いを抜け 真実を手に入れたときこそ 換え難き幸福が 水の天蓋へ落ちる影に 娘は目を覚ます 「あなたの落とした斧は……」 繰り返される問いかけ 忘れられた呪いの行方 知らず彼は答える 偶然を待ち続く 心 など枯れ果て 肌を刺す冷たさ 瞼の奥へ沁みる 温もりを忘れた 泉の斧を捨て 彼は言う 頬を寄せて まだ返さないで欲しいと どこからか風結ぶ 古くの言い伝えの欠片は 迷い人を真実で絡め取る 忘れられた呪いの在処 知らず彼は応える 一度目の月 灯りの下 小さな歌が 娘を呼び覚ます 二度目の月 灯りの下 小さな歌が 娘を導いて 三度目の月 灯りの下 小さな歌が 重なり満たされて 幾度の月の 灯り忘れ 呪いの歌を 娘は思い出す 遥カナ時ハ…罪ヲ洗イ… 永遠ノ彼岸…彷徨ウ痛ミトナル… 真夜中の森の奥 静か 泉の底 娘はまた眠る 水音を聞かぬよう その胸に掻き抱く ふた振りの斧と いくつも零れ来た 骸たちへの惜涙 赤く燃えるランプ 穏やかな陽炎に 滴り落ちるのは油ではなく 白く光るナイフ 暖かな談笑に 従う獣連れて飛び込んだ男 <金よ銀よ 瑪瑙よ瑠璃よ> 焼け爛れた手のひらに 溢れるばかりの富を求めて 彼は夜に踊る 黒く濡れた山路 進む馬車の天幕に 弾け飛び交うのはトランプではなく 青く差した瞳 縋る人の往く道に 明かりを高くかざし終着を告げる <甘いワインで渇きを癒せ> 奴隷の墓まで暴き立て 卑しいばかりの盗賊如きと嗤えば 声を奪うまで 喰らえ 呑み干せ 時をも惜しまずに 死は真後ろから迫るものだから 宝玉は肢体へ名残も見せずに 美しい輝きで闇路を照らすだけ 閉ざされた檻を破るまで 男の牙は止まらない 繋がれた鎖が切れるまで 奴隷は生ける骸 火の粉の巣食う群れの外 血塗れた男が刃を止める 玻璃のように凍る水晶 埋葬を待つ群れの中 異国の稚児が無心に笑う 星のような対の猫目石 紅が這う土の上 白髪の稚児が無邪気に伸ばす 花のように熟れた手のひら 雲に隠れる空の下 飛び出す影が犬歯を振るう 欠けた白い陶のように 痩せた首筋へと―― 奴隷の墓まで暴き立て 溢れるばかりの富を求め 今宵の戦果は人買いの首と 見慣れた傷を映した ひと対の猫目石 じゃあどうすればいいのと扉を叩く 木目の金属は重く柔らかく冷たい 殴って蹴って押して引いて もう手は擦り剥けて赤く滲んで 塩水で顔はふやけて 喉は轟きに潰れて もうどうすればいいのと扉に背く 何処にも行けない襤褸雑巾 何処にも行きそうな抜け殻 窓があることに私は気付かない 月明りの色に私は気付かない 夕暮れに舞い散る花が 瓦礫の塔へと積み上がる 螺旋の階段も もう崩れたのに 広い空 僕はまだ見上げて 砂走る道を ひとり踏み慣らす 止まらなかった涙は 涸れて 懐かしい時間の欠片は どの狭間へと消えたのか 鏡に映る星月夜 ほんの少しその足を止めて 朝露を探す小鳥 彼方にこの歌を運んで 荒野の儚い風は 雪を束ねて宙を攫うけど 淡い陽射しに溶け落ちては 誰かの枝を芽吹かせた それはもう失われ 忘れられた夢の足跡 その上に決して枯れずに 咲き続けた赤い花 遥かを過ぎる星月夜 決して届かない指先は 頬を伝う雨に浸そう 空を翔る星を描くため 僕らは二人 確かにこの手を取り合っていた いつか解ける日が来ることを 季節が変わりゆくことを ほんの少し忘れていただけなんだ 遥かを過ぎる星月夜 決して届かない指先は 頬を伝う雨に浸そう 空を翔る星を描くため 遠く遠く 青い星月夜 その下で僕らは手を離そう 鳥を越え 風に乗って この花びらも土になって 無人の瓦礫を埋める日まで 太陽を数え続けよう 僅か目を閉じれば 灯は消えていた 静かな水底に 誘われるまま 綻びを縫うように ただ歩む日々に 白く羽ばたく風を 確かに見た 悔やむことはない 深い眠りを 禍いも慶びも この身を解く 寄せる影 満ちる時 ただ過ぎる日々を 数え待った景色は 鮮やかなまま 何も 悔やむことはない 深い眠りを 禍いも慶びも この身を解く 全てを溶かす波 さざめく音色 揺れる月の彼方へ 舟は進む |