危険物取り扱いの専門家と揃ってやって来たレスキュー隊員のした事は、胸の重要機関部の間近を破壊された 出澄の回収と、一日分のエネルギーを半日で費やした明砂の捕縛と、気を失った隆広の保護と、“目を覚ます 可能性”を、知喜が永久に手放したと断定する事だった。 二人の天才設計士によって開発された高次知性回路搭載型ヒト女性形自律式電子機器という、時代の最先端を行く 人間技術の結晶の暴走という事件を、各方面のメディアは何の遠慮も無く大々的に取り上げた。搭載型への非難や 懸念を煽る者がいれば、事実だけを追求して技術者受けを狙う者もいた。だが結局、暴走の原因は解明される事は 無かった。明砂と呼ばれていた機械の少女には器物損壊罪と三件の殺人罪――梶原尚登、梶原誠、梶原知喜――が 確定され、その知性回路は法の規制と安全の基準に則り技術者によって解体された。フォルムは青砥家が引き取って 埋葬する事が決まった。それが、今回の事件の収束の形だった。 事件の二日後に病院で目を覚ました隆広は、息子の見舞いと出澄の修理に駆けつけて来た父親からそれを聞かされた。 だが、隆義の言葉も、ネットニュースのどのチャンネルでも繰り返される同じ言い分も、隆広に実感を持たせる事は できなかった。 早々に決定した退院の日、一階の個室――五月の蝿のように鬱陶しいマスコミへのささやかな抵抗のための奮発だ ――で、機能美を追求された清掃用の電子機器が中庭を動き回る様をぼんやりと眺めてみる。知性回路の搭載すら されていない純然たる機械達は、その体内に次々と不要物と認識したものを放り込んでいく。打ち分けは、 落ちたばかりの瑞々しい花弁、動物の糞、小鳥の死骸、その他諸々の燃えるゴミだった。 「……ろ。タカヒロ、聴いていますか?」 「え?」 振り返ったそこには、それまで黙々と、働こうとしない隆広の代わりに病室を片付けていた出澄が無表情に立って いた。いつの間にか整頓されていた病室は、昨夜まではあれだけ狭かったくせに妙に閑散として広く見えるが、 それは感傷の成せる錯覚だ。 ふと気になって、襟ぐりの大きく開いた服を着ている出澄の胸元に視線をやった。明砂によって損傷を与えられた らしいその箇所には、その痕跡など全く見当たらない。世界随一とは行かないまでも、自分の父親もかなり良い腕を 持っているのではないかと思う隆広だった。 「ごめん、何?」 「タクシーを呼んできます」 「あ、悪い」 「いいえ」 「……あのさ、出澄」 職務に忠実な電子機器は、引き止める声にコンマの間すら置かずに動作を停止した。 「なんですか?」 「もし、機械が人間になれるとしたら、出澄はどうしたい? ……いや、可能か不可能かは別としてさ」 「……」 「出澄がこういうの苦手なのは分かってるけどさ。……なんとなく」 困惑する気配を察しても撤回しない弟に、出澄は困ったように僅かに首を傾けたが、それを悟られるよりも 早く続けた。答える事は容易かった。 「ワタシは機械です」 ――本当は、折れる事もできたのだ。 知喜にそうしたように、自分と隆広は家族であり、姉弟であるとも断言できた。 同じ場所に立つ者として、プログラムを騙して馴れ合う事もできた。だが、隆広は現実を理解できない幼子では ない。理解しなくてはならない。自分のこの解答が、目の前の繊細な少年を傷付けるかもしれない事を知りながら、 出澄はそれを押し通した。 そして隆広は、 「そっか」 それを受け入れた。 「じゃ、行くか」 「タクシーは呼んでもすぐ来るものではありませんから、タカヒロはまだここにいて構いません」 「一秒でも早く帰りたいんだよ。一緒にロビーで待ってる」 「良いのですか?」 「別に思い入れも無いし。それに、急いでやらなきゃいけないことがあるからさ。買い物に行かないと」 「家事なら当分は代わると、ワタシは昨日に申し出ました」 「じゃなくてさ」 訝しんでいる出澄によって纏められていた荷物を片手で抱えて、何でもないように笑って、 「二日遅れになっちゃったけど、出澄の誕生日を祝わなくちゃ」 「……」 「こればっかりは祝われる当人作じゃ駄目なんだぞ。今夜は御馳走とケーキだな。パウンドケーキとデコレーション、どっちがいい?」 大切な弟の提案に、知能ある機械は即答した。 「チョコレートのデコレーションケーキを食べたいです」 「任しとけ!」 朗らかに宣言し、隆広は出澄の背を押した。やめてください、と言いつつも歩き出す出澄から手を離し、 「……」 振り返って。 何も無い病室に無言の別れを告げて、隆広は夕飯のレシピを頭の中で組み立て始めた。 自動で開いたスライド式ドアは、機械と人間の二人に文句を投げつけることなく通し、白い小さな病室を、守るようにそっと閉ざした。 2005.12/31 |