春には花を。 夏には海を。 秋には葉を。 冬には雪を。 それをあの子は、綺麗だと言う。 それをボクは、嬉しいと思う。 動きを伴わないこの手足に伝えられる事は何も無いけれど、何のお返しも望まずにあの子はボクに微笑んでくれる。 「ねえ、」 最近途切れがちな瞬きの向こうから、あの子がボクに語り掛ける。 限りある時間を聞き逃すまいと、ボクは冷たい耳をそばだてる。 「ずっとそこにいてね」 「あたし、そしたら、さみしいのもがまんできるから」 「おねがいね。ずっと、いてね」 お願いをされたボクがかみさまにお願いをすると、かみさまは一度だけと言って叶えてくれた。 ボクは、動けるようになった手足で窓辺からあの子の枕元に飛び移った。 琥珀色が零れ落ちそうなほど目が大きくなるのが可笑しくて、嬉しかった。 「うん」 驚いたあの子が何かを言う前に、ボクはぺろりとあの子の涙を舐め取った。 味は分からなかったけれど、あまり冷たくは無かった。 「分かったよ。あそこにいるよ。でも、君が目を閉じるまでは、ここに居るね」 声を聴きたかった。何も言わせたくなかった。 だってそれはどちらとも、あの子にとってはとても苦しい事だから。 だからボクは何も言わずに、あの子が眠るのを待とうと思った。ボクにできるあの子への気遣いなんて、それ位だ。 あの子はまだ驚いていたけど、すぐに嬉しそうに綻んだ。ボクの頭を優しく撫でて、ボクをぎゅっと抱き締めてくれた。その両手は震えていた。 頬をあの子の目元に擦り付けと、くすぐったそうにあの子は笑った。そして、少しずつ腕の力を抜いていった。 眠りにつく前、掠れた声で懸命に、でも幸せそうに、あの子は言葉を紡いでくれた。 ボクの為に。 「ありがとう」 あの子の腕から抜け出して、ボクはあの子の頬を鼻でつついた。 あの子は暖かかった。 あの子があの子の部屋から運び出された時、ボクはあの子が二度とここに戻って来ない事を知っていた。 だからあの子との約束を守ろうと思った。あの子が寂しいと思うのは、あの子自身が消えてしまうかもしれない事だから。 なのに、あの子の両親はあの子を思い出すだけでも辛いと思うようになって、結局忘れようと決心をしてしまった。写真の一枚を残して、あの子の思い出を全て消し去ろうとしている。 ボクはそういう事が苦手だから、あの子の病気の名前は覚えていないけれど、あの子の苦しそうな姿がボクには辛かったから、そんな事はどうでも良かった。 今は別の事で辛く思う。 ボクは謝らなくちゃいけない。 だって、あの子の部屋も壊してしまうと、あの子の両親は言っているから。 かみさまは、もうボクの願いをきいてくれてしまった。もうここに居ないあの子にどう謝ったらいいか分からない。 ボクは一人で悩んでいた。日当たりの良い大きな窓の下でおつきさまを体に通しながら。 そして、せかいの全ての心を知っているおつきさまは、ボクにそっと教えてくれた。 ボクはあの子の面影も映すから、あの子の両親がボクまで壊そうとしている事を。 ならばとボクは考えるのを止めた。 もうすぐボクはあの子と同じ場所に行くのだと分かったから。 きっと言葉を交わせる。 かみさまは、知っているよりずっと優しい方なのだから。 あの子の両親がボクを高くに持ち上げる。 これでやっと、ボクはあの子に謝る事が出来るのだ。 ボクはただ嬉しかった。もう一度あの子に会える。 ……この体が砕けたらあの子は哀しむかもしれないと思う。ボクの透明な体を透かしてせかいを見るのを、あの子はとても気に入っていたから。 謝る事は二つある。でもそれってつまり、ボクがあの子と言葉を交わす口実が二つあるって事なんだ。あの子もきっと寂しい。だからボクが側に行けば、きっと丁度良くなるんだ。 ボクの体は放り出され、硬い何かにぶつかった。体中から零れていきながら、ボクはただ幸せだった。 この体が砕けたら、おひさまに道を訊こう。 くもの絨毯を走って、そらの上まで昇って行こう。 ボクはあの子の思い出を映そう。あの子の喜ぶ明日をあげよう。 ひかりの無いどこかで、柔らかな夢が手を広げている。 2006.02/06 |