「とっても綺麗だよ」 妹がはにかんで、私は俯いた。 気恥ずかしくて、まともに目を合わせることができなかった。 父はいない。 私のこんな姿を見せようものなら号泣するだろうから、最後まで見せないでおくことにしたのだ。 結局はその最後に、鬱陶しく咽び泣く男の姿を見ることにはなるのだろうけれど。 あれから三年が経った。 嫁入り先から、つつがなく暮らしているという旨の手紙を、妹はしょっちゅう送ってくる。 あまりにも頻繁に送ってくるので、最初こそ一通一通箪笥に大事にしまっておいたのだが、最近では 十通溜まったらそれより前のものを捨てるようになった(その度に父は残念そうにしているが、 いちいち読み上げている側の身にもなって欲しいと頼むと渋々引き下がる)。 父も元気だが、最近は足腰が弱ってきたようだった。 元からあまり頑丈ではなかったのだが、寝た状態、床に座った状態から起き上がるのが辛いらしく、朝は 私がいつも起こしに行くようになっている(その度に父はやけに嬉しそうにしているが、もし仮病だったと したら遣る瀬が無い)。 予言の神子が嫁いていったおかげで、余所者が頻繁に訪れて村に落ち着きがない、ということも なくなった。井戸の水を汲みに行っても、嫌なことといえば重い桶を揺らしながら歩かなければならないこと くらいだ。 そんな風にして、日々は平穏に過ぎていった。 私は姉ではなくなった。 妹には悪いが、それでも私はやはり、妹がいなくなったことで少し気楽になったのだ。 以前よりもずっと生きやすくなった。 ただ一点。 言葉を話せなくなったということを除けば、私はとても幸せな気持ちでいられただろう。 ……三年前のあの夜。 花園に誑かされて妹に殺意を抱いたあの日、私は村の人達に助けられた。 鍬やら鋤やらを持った村人が何人もやってきて(地滑りを気にしていた身としては、救われた思いよりも 恐怖が強かった)、花園を追い払ってくれたのだ。 どこに行ったかは知らないが、花園は去り際に、私に呪いを残した。 それ以来私は、何かを喋ることができない。 だから、妹の手紙を読み上げるのは私ではなく、父の幼馴染である村長だ。毎度ながら申し訳がない(しかも 意気揚々と出かけていく父の手には、十通以上の手紙の束が握られているのだ。一体何通隠し持って いるのだろう)。 ともあれ、あれが二度と戻ってくることはないだろう。充分に、この村の恐ろしさを痛感しただろうから。 そして今日は、村で小さな祝言が上げられることになっている。 私の祝言だ。 言葉を話せない女を娶ろうとする彼を何度か疑いはしたけれど、最終的には私の猜疑心も落ち着いたのだ。 領主に嫁いだ妹も元気にやっているという。 神子の力目当てで妹を嫁いだといえど、領主の人となりは並外れて良いようで、こうして姉の祝言に帰郷 することもできたというわけだ(何人かの侍女は付いてきているが、それでも破格過ぎる対応と言って いい)。 こうして。 そんな風にして、私は生きている。 誰かを羨んだり、自分の小ささに閉口したりしながら、こうして幸せにもなれる。 「姉さん」 どこかからかうような声に抗議しようと睨みつけても、妹はまだ、微笑んでいる。 嬉しそうな、微笑み。 「おめでとう」 自分のときよりも頬を染めて、告げる妹に。 私は苦笑を返して、花婿の元へと向かった。 2007.03.11 |